新発田市議会 2020-06-09 令和 2年 6月定例会-06月09日-02号
1点目の地方分権の部分については、本当に市長も議長時代にいろいろと、新潟市の100万人都市構想で新発田まで合併した構想を立てられてしまって、余計なお世話だよというふうな気持ちを持った議員も何人か当時はおりましたけども、あめとむちと言われて久しいわけでありますけども、今回も全国議長会でもいろんなコロナウイルスに対する緊急要望を取りまとめて全国議長会として提出しているようでありますけども、まだまだ地方は
1点目の地方分権の部分については、本当に市長も議長時代にいろいろと、新潟市の100万人都市構想で新発田まで合併した構想を立てられてしまって、余計なお世話だよというふうな気持ちを持った議員も何人か当時はおりましたけども、あめとむちと言われて久しいわけでありますけども、今回も全国議長会でもいろんなコロナウイルスに対する緊急要望を取りまとめて全国議長会として提出しているようでありますけども、まだまだ地方は
新発田市議会としては、隣接しているがゆえに共通する課題に取り組もうと懇談の場の設置をし、豊栄市議会や聖籠町議会、豊浦町議会に声かけをして、二階堂市長が議長時代に合併についても提起できればという思いもにおわせる議員協議会も発足させました。豊栄市は新潟市と合併し、豊浦町はさきに述べたとおり当市と合併する運びとなりました。
その中で、職員の活気が見えないのが私は不満で不満でしようがなくて、自分の議長時代に開かれた町長室と議長室をつくろうということで、議長室にはお茶菓子も用意しながら、お茶を用意しながら皆さん来てくださいと、そうしたときに何人かの職員、管理職の皆さんも、現町長もちょっと遊びに来て、こんな不満があるんだという話も聞かせてもらいながら、逆に言うと職員の不満を議員が聞いて行政トップにぶつけていくというのも、これも
◆委員(渡邊喜夫) たしか本会議場でも市長、担当課のほうにはさまざまな要望なりいろんな意見があったわけでありますが、そのときにやはり二階堂市長が議長時代に議会でももっと行動すべきじゃないのかみたいな反論めいたような話があったわけでありますけども、議会としてもやはりそういった陳情、要望する上層機関、県の機関とか国の機関とかもしあるんであれば、我々も率先してそういったところに要望、陳情をすべきであると思
市長も議長時代、東北日本海沿岸市町村議会協議会に参加されたわけです。私も参加させてもらっておりましたし、たまたまめぐり合わせで会場市ということで対応をさせていただきました。とにかく北陸新幹線開業の影響は新潟県だけじゃないんだと。山形、秋田、特に山形の方々、羽越本線沿線の市町村の方々は大変危惧しておりました。新潟市がそれこそ日本海の拠点だと言っているけれども、果たして今後それが維持できるのか。
その内訳でありますけども、名前が接待交際費になっていますから、当然何か接待のためにこのお金を使っているように思われがちでありますけども、決してそうではありませんで、たしか議長時代私150万だったような気がします。そのときも議長接待交際費というのがあるんですが、当然議長が何か飲み食いということでは決してないんです。ほとんど180万のあれは一番大きいのがお祝いであります。
二階堂市長が議長時代に新発田商工会議所から地元企業の育成等の要望に応え、議会発議のもと地元企業、中小企業等の育成支援に向けた条例を制定をいたしました。これに従い、執行部の皆さんも地元の企業、会社、商店によりかかわれるよう努力されてきていると思います。また、今新発田駅前の複合施設の建設計画もあります。地元経済の活性化、発展に大きく寄与するものと思います。
議長時代も初めて全国に先駆けて女性の議会事務局長を誕生させたという実績もおありですし、ほかにもいろいろございますが、そうした中で、35の各種審議会中、もうちょっと女性を登用するという努力を24年度決算に当たりされたのかどうか。平成24年4月1日現在で25.4%、それが年度が終わる25年の3月31日現在では25.6%、わずかですが上昇しております。
そのことを可能たらしめるために、国あたりからのそういう依存財源ではなくて、自分たちの財源をしっかり確保していくという意味での産業振興だとか、そういう部分が当然あるわけでありまして、前任者でありました片山市長さんもおれはもともと、自分が議長時代でしたけれども、会話の中で、経済人としてやってきたので、幾分……その前の前ですね、前の前が近さんという方で、これはお医者さんだという部分もあったもんですから、前
私も議長時代、片山市長ともいろんな意味でまちづくりを議論をすることが何度かありました。少なくともあの地域交流センターに対しては、私も片山さんも同じ思いだったんです。ただ、片山さんはそこに市役所とは言いませんでしたけど、あそこがポイントになるよと。私もそうでしょうねと、あそこにランドマークを何とかしたいですねということは言っていました。
それから、庁舎の関係でございますけれども、商工会議所がその図面をかいたということは私も議長時代でありますので、承知をしております。とりわけ商工会議所の佐藤会頭とは大変古い友人でもございますので、その点ではお互いがお互いを言い合える、そういう仲でもありますので、これからもしっかりと連携を図っていきたいなと、こう思っております。
結果、このようになったわけですが、議会は市長の翼賛会や後援会ではない、また行政に対しておねだりをすることは議員の責務ではなく、市民の多種多様な意見や要望に対して議会論議を尽くし、政策の合理的な合意形成を図ることにあるということを二階堂議長時代に学んだつもりであります。
◎市長(二階堂馨) 率直な再質問でありますので、率直な感想を申し上げるとすれば、スケジュールに追われているといいましょうか、むしろ議長時代のときのほうがよりまちづくりを考えたりとか、よりそういう時間があったなということであります。まさに私の左のポケットの中に手帳が入っておりますけれども、真っ黒であります。それだけ時間に追われているなと。
って、あるいはまた市民の将来の幸せをどう構築していくか真剣になって考えていくという部分では、議員一人一人の立場は一緒でありますし、数が多くても少なくても少ないなりに活動の幅を広げていけば多くの市民の声を拾っていかれるというふうに私は思っているわけでありますので、これからの審議は総務委員会になろうかと思いますけども、経費的な部分だけを申すんであれば、定数削減ということもあり得ると、ましてや今の市長は議長時代
二階堂市長は、新発田市議会の議長時代、議会基本条例の制定を初めとし、積極的に議会の改革を行ってきました。その根底にあるのは、市民と子供たちのためにということであり、議会が活発になれば市役所職員も元気になって、市民のために仕事をするということだったと思います。
これは、二階堂市長が議長時代に私たちが仕込まれた討議を繰り返すという、このことの基本線に立って若干気になった部分を質問しましたが、市長のそういう今までの人と違って線路が交わる会話ができましたので、大変ありがとうございました。 ○議長(巖昭夫) ほかに質疑ありませんか。 〔「なし」と呼ぶ者あり〕 ○議長(巖昭夫) 質疑なしと認め、質疑を終結いたします。
それまでの20年間は議長時代を除いてほとんど欠かさず一般質問を行ってまいりましたので、この間市民の皆さんからは御心配のお声がけをいただきました。また、同僚議員の皆さん並びに議会事務局の皆さんからは、議会活動の上で多大な御理解と御配慮を賜りました。この場をかりて心から厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。
私もかつて議長時代2年間、全国高速自動車道市議会協議会会長を務め、各ブロック選出の副会長と国の予算の概算要求時と年末の編成期に全国の高速道の整備促進と道路特定財源制度の堅持を訴え、当時の塩川正十郎財務大臣、扇千景建設大臣や政権党である自民党幹事長、そして今は民営化されましたが、道路公団などへの要望行動を展開したものであり、この問題の成り行きには注目していました。
ちなみに、私は国際交流協会の設立について初代会長を務めた当時の市長に提案した経緯があり、また議長時代には理事を務めさせていただきましたし、役員、事務局体制が民間に移行した現在も会員としてかかわっております。したがって、その取り組みの推移や厳しい財政環境などを十分承知しておりますので、ここは行政の連携強化や支援の拡充を願う意味からもあえて申し上げております。
約10年近く、特別職の報酬の改定が行われなかった理由は幾つかあったものと思いますが、私の議長時代と、その前の議長のときも同じだったと記憶しておりますが、その大きな理由は近々市町村合併をしなければならない情勢があり、それまで待とうという執行部と議会との暗黙の了解があったことは確かであります。